順位のすべてをお供えできることは、村のお宮のお祭りでは、ほぼありません。理由として季節によっては特定のお供えものを入手することが難しい場合もありますし、調達する時間その他に限りがあるからです。
とくに村のお宮ではお供えするスペースも狭いこともあります。使える三宝の台数にも限りがあります。ご家庭の神棚にいたってはもっと切実だとおもいます。ご家庭の神棚ではスペースの関係で普段は米、酒、塩、(水)のみをおそなえすることになります。
水は様々な理由で省略される場合もあります。現在、神饌として水を御供えする場合、通称『みずたま(丸い水器で先が尖る蓋がある』と呼ばれる器が使われることが多いのですが、この『みずたま』は仏壇からの流用品で昭和中期くらいから家庭の神棚でも使われだし神社がそれに追従して使いはじめたと聞きます。つまり、そのむかし純粋の神道の家庭や神社にはこの『みずたま』の備えがなかったのです。ですので水は別の水器または皿に盛られ三宝に載せておそなえされるかまたは省略されていました。また現在都市部の水道の水には人には無害でも淡水魚が死んでしまうほどの濃度で塩素が添加されていることも省略する理由のひとつです。少しでも説明を省く意味でもここでは水をお供えものから省きます。
神棚では、米と塩は『かわらけ(白無地で大きさが醤油皿くらいの陶器の小皿)』に別々に盛っておそなえすることがおおいです。塩と米の器は、同じ色で同じ大きさのお皿なのでとなりどうし左右一対の置き方にすると見栄えのバランスがよいのですが、御供えの理想的な姿からみると米と塩の間には便宜上省略した、たくさんのものがあることを留意しておかなければなりません。
実際一台の三宝に米、塩、酒を混載して御供えすることが多いのですが、その場合、1台の三宝のお供えを載せるスペースをさらに三分割して正中一番奥に米、中ほどにお神酒徳利(瓶子:へいし)を一対、一番手前に塩(と水)となりますが、三宝のサイズによっては、おそなえスペースを二分割しかできないこともあり、その場合しかたなく米、お神酒徳利1を奥の列に、お神酒徳利2と塩を手前の列にするかもしくは一対のお神酒徳利を奥横一列に 米と塩は並べてその手前一列にします。
場合によって順位の高い米が奥ではなく手前になってしまうのにも理由があります。ふつうの人が近づけない神社の神前や天井にちかい家庭の神棚で米がお神酒徳利(瓶子:へいし)の蔭(かげ)になることでなにかのはずみで塵や埃がついても、虫や鼠が米を食べていても気がつかなくなってしまうことが主な理由です。
お問い合わせが多いのですが、お聞きするうち、お神酒徳利と一緒に米と塩を並列して1台の三宝に混載する場合に特に誤解が生じているようです。一般的に右に米、左に塩といわれますが、それは三宝1台だけもしくは奇数台の三宝を正中線上にお供えする場合に限られます。
三宝が複数台になると正中線をはさんで右の三宝と左の三宝と分かれます。
1台の三宝にお米とお酒とお塩(お水を省略した場合)が一緒にお供えされていますからお米はその三宝の一番奥(お神酒徳利の奥)か正中線寄りの手前左側、塩は正中線に遠い手前右側となるのがせめてもの理にかなった置き方となります。